先週、あるSaaS企業のCTOとランチをしました。彼はノートPCを開き、2枚の見積書を並べて見せてくれました。一方は月々のAPI利用料の請求書、もう一方は自社GPUサーバー構築の見積書です。「800万ウォンを超えました。毎月です。このまま半年続けるなら、その金で自前のサーバーを買った方がいいのでは、と稟議書が突き返されまして」。
この問いは、前回取り上げたPoC予算の議論が自然と次のステージへ移った形です。PoCが終わりサービスが本格的にトラフィックを受け始めると、次の稟議書には必ずこの図が上がってきます。自社LLMを構築するのか、APIで進み続けるのか。

価格構造がそもそも違うということから
稟議書の上で2つの選択肢を比較するとき、まず混乱しやすいのは、両者がそもそも種類の異なる支出だという事実です。APIは変動費です。今月リクエストが2倍になれば、請求書も2倍になります。自社構築は固定費に近い性質を持ちます。サーバーが100件を処理しても100万件を処理しても、GPUが稼働している限り時間あたりのコストはほぼ同じです。
だからこそ「損益分岐」という表現が成り立ちます。使用量が少ないうちはAPIが圧倒的に安く、ある地点を超えると固定費を賄えるだけの物量が出て、自社構築が得になる区間が現れます。問題は、その地点が多くの人が想像するよりずっと上にあるということです。
2026年現在の価格感
具体的な数字を並べてみましょう。2026年8月時点で、主要APIの100万トークンあたりの価格はおおむね次の通りです。
- OpenAI GPT-5.5(フロンティア):入力5ドル / 出力30ドル
- Anthropic Claude Sonnet 4.6:3ドル / 15ドル
- Claude Haiku 4.5:1ドル / 5ドル
- OpenAI GPT-5.4 Nano(超低価格):0.2ドル / —(超軽量タスク向け)
自社構築側はどうでしょうか。Llama 3.1 70B級のオープンウェイトモデルをvLLMで8x H100サーバー(時間あたり約19.2ドル)上で毎秒2,800トークンのスループットで回すと、理論上は100万トークンあたり1.9ドル程度まで下がります。CloudzyやGIGAGPUといったベンダーの2026年ベンチマークで繰り返し引用される数値です。
1.9ドルという数字だけを見ると、自社構築は非常に魅力的に映ります。GPT-5.5の入出力平均と比べれば10倍以上安い計算です。しかし、この数字には大きな前提がついています。「GPUがフルに稼働している場合に限り」、です。
損益分岐点の実際の位置
複数の2026年分析資料が繰り返し言及する区間は以下の通りです。フロンティアAPI(GPT-5、Claude Opus級)を自社オープンウェイト70Bモデルで置き換える場合、月間1.6億〜2.5億トークンが損益分岐の近辺です。低価格API(Haiku、GPT Nano)対比では月間5,000万〜1億トークンが最低ラインで、実際にはこれをはるかに超えるトラフィックがなければ自社構築が得になる領域には届きません。
1億トークンという数字はピンと来にくいものです。チャットボットの応対1件あたり平均3,000トークンがやりとりされるとすれば、およそ3万3,000件の会話に相当します。1日1,000件ずつ1か月続けてやっと3万件なので、たいていの社内ツールや初期サービスはこの近辺にすら届きません。冒頭の800万ウォンの請求書を出した会社も、実消費量を集計したところ月間4,000万トークン程度でした。損益分岐点の半分の地点です。
稟議書に書かれない項目
正直に言えば、上の計算は純粋なインフラコストだけを見たものです。自社構築を決めると稟議書には上がりにくいものの、会計帳簿には必ず刻まれる項目があります。
モデルサービングを運用するエンジニアの人件費。GPUが落ちたとき午前3時に起きる人。オープンウェイトモデルをフロンティア級まで引き上げるファインチューニング実験のコスト。ベンダーAPIが自動で管理してくれていた安全フィルタリングを社内で新たに構築する開発コスト。データ漏えい事故に備えたセキュリティ監査。複数のベンダーレポートが、こうした隠れコストがTCOを30〜50%押し上げると指摘しています。
この点が重要です。損益分岐の計算から出てきた「月間1億トークン」という数字にこの人件費・運用費を上乗せすると、実際の経済的な損益分岐は概ね2倍ほど上にずれます。月間2億〜3億トークン程度になって初めて、自社構築が本当に安いという結論になるという意味です。このボリュームを消化できる企業は、実のところ日本国内でもそう多くはありません。
それでも自社構築を選ぶ3つのケース
では、自社構築はまだ早いという結論なのでしょうか。必ずしもそうではありません。損益分岐とは別の軸で、自社構築が合理的なケースが3つあります。
1つ目は、データを外部に出せないケースです。医療記録、未公開の財務データ、未発売製品の設計文書。こうしたデータを商用APIに送ること自体が規程違反となる組織があります。ここでは損益分岐という概念そのものが成立しません。そもそもAPIが選択肢に入らないのです。
2つ目は、応答遅延に極めて敏感なサービスです。1回のやりとりが100ms以内で返らなければならないリアルタイム相互作用は、フロンティアAPIのネットワーク往復時間に耐えられません。この場合、自社サービングは性能要件であってコストの問題ではありません。
3つ目は、ベンダーロックインを避けたい長期戦略です。3年後もこのサービスが存続していることが確実で、そのときのAPI価格の交渉力を今から確保しておきたい会社。この場合、初期2年の損失は喜んで受け入れます。
最も多く採用される答え:ハイブリッド
実際の現場で稟議を通過した決定をいくつも見ていると、純粋なAPIでも純粋な自社構築でもない中間的な答えを選ぶ会社が最も多いです。予測可能で大量に処理され、複雑度が低いタスク(文書分類、要約、定型データ抽出)は自社ホスティングのオープンウェイトモデルへ流し、複雑な推論や突発的なトラフィックの急増はAPIへルーティングする方式です。この組み合わせで総コストを30〜50%削減したというケースレポートが、複数のベンダーから繰り返し出ています。
ただしハイブリッドは見た目よりもはるかに複雑な構造だという点を忘れてはいけません。2つのシステム間のルーティングロジック、キャッシング層、失敗時の自動フォールバック処理を作るには、最低でも3〜4か月のエンジニアリング工数がかかります。稟議書に「ハイブリッドで進めます」と書くなら、担当者は必ずこの初期開発費も併せて計上する必要があります。
稟議を通すための判断フレーム
決定の前で迷ったとき、実務者が使えるシンプルなフレームがあります。
今、月次のAPI請求書が500万ウォン以下なら、自社構築はまだ早い段階です。APIの中で最適化できる余地の方がはるかに大きいです。プロンプトキャッシング、低価格モデルへのルーティング、バッチAPIの活用だけで30〜40%は容易に減らせます。請求書が1,500万ウォンを超え始めたら、ハイブリッドの検討を始めるタイミングです。ここからは自社構築パイロットを並行して回してみる価値があります。請求書が5,000万ウォンを恒常的に超えるようになれば、自社構築の損益分岐が手の届く範囲に入ってきます。
ここにデータの機微性と応答遅延の要件を重ねて最終判断を下します。冒頭のCTOはその場で電卓を叩き、まずはプロンプトキャッシングとモデルルーティングで3か月最適化してから改めて判断する、と結論づけました。実際、多くの会社ではこの最初のステップで、自社構築の必要性そのものが消えてしまうことも珍しくありません。
次回予告
今回は導入価格と使用量を基準にした損益分岐までを扱いました。ただ、先ほど少し触れた「運用人材、再学習、モニタリングコスト」のような継続費用は、それ自体が次回のテーマです。導入初月には見えないものの、1年後の稟議書で必ず問題になる項目たちです。次回は「見えないコスト — 運用・保守・再学習」を続けて取り上げる予定です。
5years+は、韓国と日本の中堅・中小企業を対象に、こうした損益分岐の試算とハイブリッドアーキテクチャの設計を支援してきました。今、稟議書の上に自社構築の見積書が上がっているなら、決定を急ぐ前にまずは1時間ほど一緒に計算してみる無料相談はこちらをおすすめします。稟議を遅らせることが、稟議を通すことよりもはるかに大きなコスト削減につながるケースは実際に多いのです。