稟議書の前に並ぶ4つの見積もり
先週、ある製造業の決裁者からこんな話を伺いました。「PoCの見積もりを4社から取ったのですが、最安が400万ウォン、最高が8千万ウォン。20倍の開きです。何を基準に選べばよいのでしょうか」
この問いそのものが、すでに問題の半分を映し出しています。見積書に並ぶ数字が20倍もばらつく理由は、各ベンダーが「PoC」という言葉で、それぞれ異なるものを売っているからです。そして多くの決裁者は、自らが何を買おうとしているのかが自分でも判然としないまま、稟議書に押印しています。
前回は規模別の総予算感を整理しましたが、今回はその最初の関門である4週間PoCの予算に踏み込みます。800万ウォンの見積もりと4千万ウォンの見積もりは、いったい何が違うのか。その差は決裁者にとって意味のあるものなのか。
PoCはROI検証ではありません
まず、最もありがちな誤解から整理します。PoCをやれば「このAIが自社にどれほどの利益をもたらすのか」という答えが得られる、という期待。それは出てきません。4週間では不可能です。
4週間PoCの本来の目的は、実にシンプルです。自社のどのデータが想定以上に「汚れている」かを確認すること。精度要求を下げた前提で、パイプラインがきちんと回るかを検証すること。そして本番運用に移した際、クエリ1件あたりの原価がおおよそいくらになるかの感覚を掴むこと。
この3つを手にできれば、4週間PoCは成功と言えます。ROIについては、パイロット段階 — 3ヶ月以上 — にきてようやく輪郭が見えてきます。私は、この点で決裁者とベンダーの認識がしばしばずれると見ています。決裁者はROIを確かめたいのに対し、ベンダーは「とりあえず動くデモ」までを売ればよい、というスタンスだからです。

4週間で買うもの — 3つの成果物
まっとうな4週間PoCは、次の3つを決裁者の手元に届ける必要があります。
- 検証済みのデータモデル — 実際の社内データで走らせたスキーマと、どのフィールドが欠損で、どのフィールドがノイズなのかを整理したドキュメント
- 推論アーキテクチャの決定 — オンプレミスかクラウドか、オープンモデルかAPIか、その判断根拠まで含めた文書
- クエリあたり原価の試算 — 本番運用を想定した月間ボリューム別のコスト曲線
この3つを欠いた成果物は、どれほどデモが華やかであっても、決裁者に次の判断を下すための根拠を与えません。画面上で動くチャットボットだけでは、次期予算を守り切ることはできないのです。
適正予算 — 200万ウォンと4千万ウォンの間
実務感覚で申し上げると、韓国国内のPoC市場の標準レンジは200万〜800万ウォンです。windyfloが本年整理した韓国国内の見積もりデータが、このレンジを裏付けています。ただしこの価格帯は、多くの場合、単一業務・単一データソース・既存API呼び出し中心の浅いPoCです。
グローバル基準で4週間PoCの現実的な予算は$15,000〜30,000、ウォン換算で2千万〜4千万ウォンといったところです。このレンジであれば、コンサルティングによるスコーピング、データクレンジング、推論アーキテクチャの検証までがセットで含まれてきます。ここで最大のコストドライバーとなるのはモデルそのものではなく、データ品質、統合の複雑さ、そして要求される精度水準です。
言い換えれば、800万ウォンの見積もりと4千万ウォンの見積もりの差は、「AIモデルの性能差」ではありません。その予算がデータクレンジングと統合検証までをカバーするか否か、その一点の差です。決裁者はこの点をベンダーに問い質すべきです。「この見積もりに、データクレンジングの工数は何人時計上されていますか」と。
PoCの6割が止まる理由
Gartnerの2025年レポートによれば、企業のAIプロジェクトの約60%がPoC段階で中断されるとされています。MIT NANDAの2025年調査はさらに冷徹です。統合型AIパイロットのうち、実質的な損益効果を生んだのはわずか5%にとどまり、残る95%には測定可能な成果が確認されなかったとしています。
興味深いのは、その失敗要因です。モデルの性能ではありません。検証済みのAIを実際の業務フローへ統合できなかったこと、データ品質が想定より悪かったこと、そして最初からビジネス価値が明確でなかったこと。この3点が繰り返し現れるパターンです。
Gartnerはまた、エージェンティックAIプロジェクトの40%以上が2027年末までに中止されると予測しています。中止理由の多くは「想定を超えてコストが膨らみ、事業価値が曖昧になった」というものです。裏を返せば、スコーピングに十分な投資をしたプロジェクトほど、予算内に収まるということです。4週間PoCの手前に1週間のスコーピングを挟むことのほうが、はるかに割に合う投資だという意味です。
決裁者が問うべきこと
稟議書を前にして問うべき質問は、3つに集約できます。この見積もりに、データクレンジングの工数はどれほど計上されているか。4週間終了時点の成果物は、デモなのかドキュメントなのか。本番運用シナリオの月次原価試算が含まれているか。この3点に明確な答えのない見積もりは、金額の多寡にかかわらず、見直すべきです。
次回はPoCが成功した「その先」の話です。自社LLMを構築するのか、APIサブスクリプションで進めるのか。その損益分岐点が実際にどこに現れるのかを掘り下げます。
自社規模に見合った4週間シナリオを一緒に描く必要がある場面であれば、コスト試算とPoC設計のご相談をご活用ください。ベンダー見積もりを比較する場面から、ご一緒に組み立ててまいります。